山田有浩 / Arihiro Yamada

Information of Arihiro Yamada (dance, butoh / ダンス, 舞踏)

9月24日 金曜日、雨のち曇り。







肌寒い季節になってきました。
みなみなさま、お身体にお気をつけくださいね。
ご近所さんから甘栗をたくさん頂きました。
おいしくって、毎日楽しみに食べています。


先日まで、
巨大な岩石が海中から突き出ているのを間近に見たり、してきました。
大量の水たちを平行に支え、
上空からの水たちをも引っぱり下ろしてくる星(地球)の重さ、
地球から突き出ている岩石、
その絶壁に巣食う鳥たち、糞で一面真っ白なその裏、
海面の水位を逆さに引っぱりあげてくる月の重さ、
渦巻く大潮、まみれるプランクトン、小魚、大魚、海鳥、
広がる湾岸、小さな街の営み、
夜は早いか、いや、真夜中にも、
舟はしづかに浦に入っては、また発ってゆく。
離れてゆく人たち。
星と雨雲の下、白い布と共に遠く見下ろす。
太陽よ、太陽、
太陽を浴びる、石たち(このまろさ)と、
戯れる、緑、
人が近づけば、フナムシたちは一斉にワサワサと這い逃げてゆく、
背筋がゾクッとするような、

くわえて、たくさんの、"まつわる"ものたちを拾い集めてきたのでした。
小さな球体がたくさん転がって、
そしてたくさん浮かんでおりました。
ひとつひとつが全く異なる性格を持っている。
ひとつの一貫した世界観、なんてものはない。
ひとつひとつが春を持ち、夏を持ち、秋を持ち、冬を持つ、
それぞれに固有の生命のエネルギーを持つ、
色を持つとは、そういうことではないか、
(やっぱり志村ふくみさんの随筆はただならない本質を突いているように感ぜられる、)
それを産みだした曾祖母の想像力におそれいる、
この坦々とした、潔くも深みのある、
晩年を生きてゆく姿、もまた、遠い鏡のように映る、
数えきれないほどの球体たち、に。
綿、絹、布、藁、、細工、
農家に玄関はいらないのだそうで、
それでも大黒柱を常に黒光りするほど磨き込んでいたそうで、
この薄暗さ、細部に凝らされた緻密な技巧、
テープに貼付けられた声の残像、
幼い頃にもらった、祖父の計算尺が、ある。
面の影を映していない方は、文字を奉る。
仏さんも郷土の英雄さんも、みんなご先祖と一緒くたに奉られている、
その無茶苦茶さ加減が可笑しい。
わたしはきっと、あの般若の面を、頂きとうございます。
随分と、遠くへ来ました。
随分と、遠くへあなたをお連れしました。


陸を離れることの哀しさ。
からだを離れることの哀しさ。
遠さ。
からだの遠さ。
自らの遠さ。
今生の。
終わりが始まりであるとするなれば、
別れは出会いであると云えるのか、。


東京に着いたのは満月の夕時で、
羽田から上る満員の車窓から
一面に眺めるのっぺりと貼り付いた
紺青にぽっかりと空くまんまるい姿の

なんという非現実。
ピエロが空に見えました。
悲しみよ、こんにちは。

サファイアは燃えています。
どうか、いつまでも。
おめでとう。
ささやかな強さ。
消えませんように。
すべての消えゆくものたち。

(時間が燃えます。
 夢も燃えます)。