山田有浩 / Arihiro Yamada

Information of Arihiro Yamada (dance, butoh / ダンス, 舞踏)

朝顔観察記テクスト(5月)

朝顔観察記】

34日目 14:48 27.0℃ 晴れ
双葉の中央よりどんどん湧きいづるいのちの笑みの広がり 地底よりスクリューして突き上げてくる天を覆う大鵬の翼を突き抜け東西南北を指してなお噴き出づる黄金のひかり


35日目 12:44 24.9℃ 曇り時々晴れ
自らの重さに安定して立つもの不安定にバランスを保つもの 色の強さが芯のしなやかな強さ 双葉の整いしものはまず本葉の片翼のみ大きく広げ 形の歪みしものは左右安定的に身体を開く

36日目 13:58 25.8℃ 雨のち晴れ
雨風の礫に身を晒しぶぅんぶんと揺さぶられながらも葉を開き直立する一夜を越えて朝には大気もしずまり穏やかな風と陽光戻る 新たに種皮は弾かれ身を伸ばす 裡より第ニ葉の渦巻きは解かれ小さくもおごそかに面を顕現させてゆく

37日目 17:06 22.9℃ 曇り
不安定な風の続く一日 双葉を開きはじめていた子は強風に耐ええなかったか付け根より千切れ倒れており再生の望みなし 他は順調に根を太く濃く張り日々拡張し新たな芽も生まれ出て開かれゆく反復-増殖のサイクルに入っている 天より根元を臨むと十字のスパイラルが見えてくる


38日目 13:57 24.4℃ 快晴
その渦の裏底は瞬間立ち昇る絶対無たる闇の光の故郷で 然るに原型と奥の薄暗い夢を宿し方位を定め かつ取りまく環境との沸騰的な交渉が自ずからの姿を要請する ここにある柔らかな傾ぎこそ一つの象徴的な夢見の姿勢で自ずからの軌跡を薄膜に沿うか縫うようにして立ててゆく

39日目 22:10 21.3℃ 晴れのち曇り
夜の深まりと共に大気は再び不安定 風は強まり湿度は上昇し土の匂いが立ち音はざわめく 闇に包まれながら小刻みに震えている 光が当たると本葉は獣の皮膚の如き毛状突起をスパンコールのようにギラギラ反射させる 双葉の広さまであと一歩

40日 14:37 20.9℃ 曇りのち雨
午前より雲低く湿り気ありひんやりとして薄暗い しとしとと降りはじめる頃には小さな有翅虫たちが宿っている 新葉の緑は黄金に輝き双葉は背後に退きはじめる


41日目 13:55 15.5℃ 曇り
三月下旬なみの気温で肌寒し うるむ空をうるうると潤い艶やかに湛え発色は止めどなくふいな翳りの憂いあり たっぷりと水を含む土はひんやりしているが持続的な接触により熱は緩むように広がり温かさが保たれている
23:17 響き合っていた 互いを呼び合っていた 地底よりどくんどくんと水を汲みあげ身を大きくかざし湛え 雨を召喚していたのは先の曇天と強く共鳴し碧く明滅していた彼(等)だったかもしれぬ 夜に干した洗濯物のように網状河道たる葉脈を行く水たちは精霊を宿し天水を呼び宙に路は立ち 系をなし笑う
【今日の一曲】Tha Blue Herb 「ILL-BEATNIK (Live at Fuji Rock 2000)」


42日目 10:03 12.2℃ 雨
不思議に明るい低い空 飛び散る土の礫を受け 降り立つ雨粒を受けて益々発光す 双葉の赤紫の甦る (軸が読めない. しなやかというのも少し違う. ないのか?にも関わらずブレない. 不思議だ) という青白い聲が甦る 危うきバランスを取り込み逸脱する力を誘発し別の身体を切り開け
【今日の一曲】痙唾舐汰伽藍沙箱「あんまり深すぎて」(1970)

42日目(日数、前日より重複のママ) 13:10 13.4℃ 雨のち晴れ
降っては止んでを繰り返し四日目 曇天が薄光を放つ朝方再び降りはじめ春雷が轟き昼過ぎには止み暫くして陽光が溢れ出す 地面下の媒介者らは加速度的に交流し内部/外部環境を忽ち書き換えてゆく 交歓の日には通常ありえぬもの通しが混沌と結ばれ宿し制作し/されてゆく
【今日の一曲】Bill Frisell「Day of Wine and Roses」(1989)

43日目 7:56 14.4℃ 晴れ
とはいえハレの日に急速に結ばれまるで別様な前-潜勢力として宿った力は時間的ディレイを伴い日々の中でじっくりとシステムを組み替え熟成され充ち満ちて溢れ出すように空間を書き換えてゆく 成熟した本葉の姿をまだ小さいながらもハッキリと摑まえる
【今日の一曲】遠山杏(広末涼子)&片岡徹「ニューロンシティの夜」(映画『20世紀ノスタルジア』より)(1997)


44日目 12:58 23.5℃ 晴れ
ひとつ ふたつ 境を越えてなお 余波のようにいまだ湿り気を含む空気は涼やかに移動し 柔らかい土はふっくら盛り上がる ただ陽光はじりじりと照りつける 幾つかの本葉に斑点が浮かぶが過湿か過肥かしばし様子を見る
【今日の一曲】疲弊とまでは云わねども都市の夜、一人電車に揺られながら琉球弧の空気を自らの血流へと呼び込みたくなることがある 奄美アウトサイダー里国隆といえば竪琴の弾き語りだが 沸点を越えてしまったようなこの声の迫力が劇薬のように効く -里国隆「六調」(1975)


45日目 20:57 16℃ 曇りのち雨
そして午後よりぱらぱらと再び降りはじめ 夜には斜めより激しく打ちつけて土は跳ね泥に塗れる 同じ苗からの葉も発育に差が出てきて四方を指した十字は破綻しバランスを崩しつつも根は柔軟に手探りで大きく軌道を修正させ進む
【今日の一曲】フランスからやってきたダンサー/振付家と一日地下で時を過ごし 終演後 ムラトゥ・アスタトゥケを流すことにしたのは パリで度々感ずることのあるアフリカの香りを思い出してのことだった それもプリミティブなアフリカではなくハイブリッドなアフリカ -Mulatu Astatke & The Heliocentrics「Masengo」(2009)

46日目 �@13:12 �A�B15:28 26.6℃ 快晴
二時間で光も変化しわずかに姿勢をズラし異なる表情を見せる 東より路地に沿って乾きすぎず潤いすぎぬ風が吹き抜け 拡散した綿毛たちが渡ってゆく 大きめの本葉は弾力や毛状突起は変わらずも比較的斑紋を寄せつけぬ様子 風にひときわ大きく揺れる
【今日の一曲】風の吹く夕暮れ前の路地、軽やかな足取りで目の前を通り過ぎていった初老の女性が美しい声と発音で口ずさんでいた -Fred Astaire「Cheel to Cheek」(1935)

47日目 11:57 27.4℃ 快晴
直射日光にしんなり頭を垂れ耐えるも芯はシュッと立ち翳りに移れば伸びやかに葉を高く広げている 裂け目からの二つの本流の先に更なるひとつ ふたつの枝分かれが展開されており 初めの二本の流れは微妙に色付きが見えてくる �B17:26 葉の裏にシャクトリムシが憩う
【今日の一曲】ミャンマーの元激戦地のドキュメンタリー、最後に流れてきた現地の民謡の声の響きが耳に残り続ける 「どうか雨の神さま 激しい雨を降らさないで 雨の中 私はひとり 離ればなれの寂しさ 寒さで震えています」 音源は見つからねど、その空気の近しいものを -Myanmar Traditional Music (詳細不明)

48日目 14:07 28.4℃ 快晴
新芽は次々と角ぐみ萌え騰る 皮膜はとくべつハリを見せるでもなく皺の揺らぎは地形としてよりはっきり現れ多様な角度に身を開き光や大気中の水 振動を受信する 身体の枠は交流する境界でそれ自体を超出しようとする〈力〉の漲りスパークする舞踊と闘争の地平だ 旋回せよ
【今日の一曲】先日、ガルシア・ロルカの「ドゥエンデ」の話になったからか、朝から 空気を震わせ切断し地底へと轟きわたるようなフラメンコの足音のことを考えていた ロルカ自ら採取しピアノを演奏しているスペイン民謡の録音 エレガントなセビジャーナス -Federico Garcia Lorca y Argentinita「Sevillanas del Siglo XVIII」(1931)


49日目 9:04 24℃ 晴れ/曇り
相変わらず風は移ろいやすい ドクダミの香りが立ち込めて 野いちごが近くにやってきた 苗たちがいささか密集しすぎており 風通しと陽当たりをよくするため位置を分散し距離をつくる 移動させ根元の土をやわらかく固める
【今日の一曲】マイルスの魔術的なエレガンスの極致は第二期黄金クインテットかもしれないが、この抑制されたリズムとドローンの海を複雑多様に交錯して泳ぐ音色、響き、ヴォイス、混ざり合いつつも絶えず様々な距離が生じ 移動し くるくる変容してゆく -Miles Davis「Shhh〜Peaceful」(1968)

50日目 7:46 22℃ 快晴
互いの間隔が開き風の抜けがよく 密集していた頃の空間に導かれた姿-身体の癖がよく見える 茎の下方で一度彎曲したものたちの傾きの位置や方位は類似していることに今更ながら気付く 朝日に葉は少し垂れている
【今日の一曲】起きたら達郎、料理しながら達郎、車を走らせながら達郎、エネルギー放出後に達郎、飯食いながら達郎、達郎を聴きながらキレッキレに脱力する夜の帰路、最強のファンクネス、ほとんどSparkleリピート ちなみに今、腰掛けるは渋谷の岡本太郎壁画前 癒される -山下達郎「Sparkle」(1982)


51日目 15:15 25.2℃ 晴れのち曇り
晴天は曇天へ転じ気温は下降はじめる 夜更けの雨で土はまだ染みている しょぼんとする影あり確と根づいていないか 波立つ葉を取り巻くスパイラルの法則が原型として見える いのちとは渦 茎の根元の色素の薄い侭の者あり行く末の花の色素との関係を思う
【今日の一曲】身体の裡でも表層でも夥しい割りきれぬ不気味なエナジーや聲が疼き居心地わるい 正しく浪費することでエロス的交易の場が開かれ昇華されるが 行けども行けども終わりはない この身果てるまで いやこの身果てても続いてゆく 身体は仮の宿であり束の間の実験場だ - Scott Walker「Epizootics!」(2012)

52日目 22:14 18.8℃ 快晴
日中 陽光が降り注いでいたが涼やかで心地よく空気は湿っていた 朝方風強く夜は落ち着いている 葉はどれも重力に引っぱられたようにしおらしく傾ぎ眠りにつきながらも取り巻く気配の変化は捉えている 日々持続しながらも絶えず別な生をおりかさねてある
【今日の一曲】起きぬけにつけたRADIO3にてchildren's music特集、いきなり流れてきた「I am the Warlus」にぶったまげる 一日中口ずさんでいた 本家よりすき -Lol Coxhill「I Am the Walrus」(1971)

53日目 8:59 21.2℃ 晴れ
鳥たちの声 そちこちより 涼しさが残るが陽射しは既に強く 日向の葉が比較的垂れているも茎はしなやかに凛と直立する 変化の速度はどれも一旦落ち着いている 周囲環境をなるべく変えぬようにして見守る
【今日の一曲】唐突に開け放たれる眩い光の通り道 疾走する 焦燥しながら 奈落の果てへと下降/潜っているか 旋回の動きあり推進加速し上昇しているか とどまれ 地声は分裂寸前でダブり 反転し 韻律は時空を吹っ飛ばし 憤りの 祈りの 摩滅する根源に立つ (承前)駅の近くでふと潮の匂いがした 憤りが根源にあり もはや悲しみなど蒸発しているに近く この左手は餓鬼にあげてしまおう 薄汚れた珠を握りしめ 何度もなんども振り上げて 水滴のように飛び散らせ 建築するのだよ 繰り返されぬために繰り返す青い炎 増幅させるも沈めてしまうもおまえしだいさ -Robert Wyatt「LITTLE RED RIDING HOOD HIT THE ROAD」(1974)

54日目 10:24 25℃
蒸発が早い 数時間前に水撒きした土の表面は乾きはじめている 周囲に陽光でキラキラとラメのように輝く粘液が撒かれてあるのは朝の紋白蝶か 一等隅の苗は柵の方位へ過度に傾斜しはじめる 空間を知る術は幾つかあるだろうが影で察したか 日陰に入ると葉を開く 空から蟻が降ってくる
【今日の一曲】幾多もの巨大な黒い柱が墓標のように浮かんでおり それは眠っている鯨だった 眼は薄っすらと開いていた ただ響きだけがこだまする 個人の独白に折り畳まれた多くの 当人を逸脱して立ち現れる記憶 音 匂い あるいは色 何気ないすれ違いざまの見知らぬ人の言葉 -Eleni Karaindrou「Weeping Meadow」(1998)


55日目 11:40 21.8° 曇りのち雨
雨降って まだ鳴き慣れぬ幼き鳥たちの騒ぎ立てる声の聞こゆ 非常時だ 一葉を大きく虫に喰われ千切られるも既に目立つ虫の影はなし 流れのバランスは崩れ 修復/再構成と拡散する運動の持続 集注 余白は侭に 周囲に情報は伝播し耐性増すか 表面に水溜まり滴として落とす
【今日の一曲】山奥で木樵をやりながら極彩色の旋渦を何十年と描きつづけ 複雑化してゆき どこか直線的でもあるのはあくまで時間の断面や襞や皮膜が露呈しているゆえで 情緒以前の律動の軌跡が紋様を描く 植物の内臓に入り込んだような微細な轟音 - Fenn O'Berg「Shinjuku Baby Pt. 1」(1999)

56日目 9:16 21.4℃ 晴れ
早朝雨は上がりまばゆい陽光と影のくっきりした世界 急激に気温上昇の兆し 空に葉を大きく広げる 形態記憶の枠組み/形式の上で偶然性や危機へと投身するほど未知の可能性は切り拓かれ様々な関係の錯綜と共に固有の姿が生み出される絶えず何処かにギリギリの危うさをつくること
【今日の一曲】日常の中で ふと このピアノの旋律が聞こえてくることがある 今日は はじめての人と 踊りや 詩や 映画や 行為的直観のような話など たくさんした 好きな映画は やっぱりデュラス -坂本龍一「DNA」(2004)


57日目 7:48 23℃ 曇り時々晴れ
土は黒々溌剌とし湿り気高く 手探りで畝り細やかにサーチし領土を広げる白い根は安定的に分子を吸収する 葉の発色も動きも速度抑えめに水平に広がり 根より鼓を打ち突き上がる律動が瑞々しく柔らかい生まれたてのいのちの旋渦を先端として強くささやかに輝きを放つ
【今日の一曲】「一日一生」この一日に諦観も慈しみも温もりもくだらない大笑いも軋轢も懐かしさも未知へのワクワクも瞬間の恋の成就も為すすべなき破綻も虚脱感も達成感も云い尽くせぬ一生分と云うに十二分な生涯がありそれを平然と傍観しながらさよならだ流れゆく一瞬の幻よ(承前)「一日一生」とは大阿闍梨さんの言葉だが、ある時ふと、(あぁ「一瞬一生」じゃないか!)と感じた それをして「生涯」としか云いようのない一瞬がある 西田哲学的に云えば「絶対矛盾的」な時間や質の折り畳まれた「純粋経験」としての豊かな膨らみのある一瞬 これは踊りの始源とも云えるように思われる -PHEW & 山本精一「バケツの歌」(1998)

58日目 14:39 23℃ 曇り
土は昨朝より水を蓄えひんやり柔らかく脆さすら感じられ 微生物や菌等も増殖しやすくなる この辺りの地中で蚯蚓と合うこともあった 端が薄く黄ばむ大きな葉あり 双葉など黄化したものは既に幾つか除去される 枝分かれの道はリズムと云うより偶然性にも投げ出された"間"である
【雑記】紫陽花の葉を捲り根元に眠る芋虫のミイラを覗き込む その度に私がミイラを見ているのか ミイラが私を見ているのか それともミイラがミイラを見ているのか分からなくなってくる というか、私はこの芋虫のミイラが見ている夢にすぎないんじゃないかという気がしてくる(承前)胡蝶の夢と云うけれど 蝶は此岸と彼岸を行き来する境界的な存在で 芋虫はその成虫となって飛翔する頃を夢見る幼虫であることに加え今現在刻々と身をやつしている過程のミイラでもあり それが生い茂る紫陽花の葉の根元の薄闇に静かに隠れ/鎮座しているということにたびたび目眩がする
【今日の一曲】またひとつ夢から覚めて刻々と別の<生>を夢見るように生きている 植物や 昆虫や 寝たきりのばあちゃんや いつか壊れた眼鏡や 幽霊のように動く大気やら との 様々な距離をポリフォニックに重ね 降り立つ「場所」を移動させ <空>たる生涯の魔法陣の綾を織ってるの -Egberto Gismonti「Dança dos Escravos」(1973)

59日目 15:20 26℃ 晴れ
土は色付いたままで根腐れの心配あり水分を抑える 産毛に覆われる先端は現れた時には既に方向付けられており巻きを残しつつ長細く開いてくると又別の先端がゆっくりクイッと内巻きの首を持ち上げながら大きく膨らんでゆく 「はやく・ゆっくり」という声がする
(承前)「はやく・ゆっくり」というのは、脳性まひであり70年代の障害者解放運動をリードし、『母よ!殺すな』という名著も書いている横塚晃一の遺言とも言うべき最期のことば ここで甦るとは思わなんだが、そうとしか云い現しようのないことがある(承前2)ちなみに、ミイラ、というより即身仏によって生きられている時間も、「はやく、ゆっくり」としか云いようのないものに思われる 56億7千万年など矢の如しなのだ 昨日の芋虫のミイラも、こうした「はやく、ゆっくり」の時間から私を見つめていた感はある 「舞踏」によって生きられねばならぬ時間もしかり
【今日の一曲】反復しながらも二度と同じ瞬間は現れない 絶えず分解と合成が同時に進行し 内は外を写し込み また外は内につくり変えられて 互いに無限に作用する 無限に互いを限定し解放してゆく -Jon Hassell/Farafina「Dreamworld」(1998)


60日目 8:59 21℃ 曇り
繁殖と呼べるほどの勢いはついておらず未だささやかな速度を保つ
昨年の記録を見ると今年は種蒔きが一月早かったゆえさして比較にならず とは云え梅雨入りの早さも予感しているだろうて ここからの環境の変化に如何様にも対応してゆける力を裡に秘め さしあたり時節をじっと待つ
【今日の一曲】アカシアの花にまつわる記憶は幾つかあって むろんこの歌をとりまく個人的なものをも含むのだが 出会うたび思い出すより早くそれらにまつわる情緒がハッと触覚的に膨らむ その仄かな香りが口内に拡がる 夜の都会の中心でそれはまたこうして蘇りかつ更新される -西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」(1960)

61日目 11:06 25℃ 晴れ
昨夕から今朝まで烏が慌ただしい 瑞々しい角が大小刻々と芽生えている (海月なす漂へる時、葦牙の如く萌え騰る(「古事記」))生命力そのものとしての神 逆さに突き立てた剣 あるいは鬼の角… 混沌より突き上げられ顕現する強度 ロゴス-叡智 力 所々長く伸びる繊毛に覆われている
【今日の一曲】ささやかな賑わいのなごやかな居間にて薄っすらと流れていたバンドネオンの響き はじまりを祝して 対面でなく並行の位置関係で進む -Quinteto Astor Piazzolla「Redención」(1961)


62日目 12:36 24℃ 曇り
ある種の潜勢力は健在で するすると不安定に宙に触手を伸ばし 新芽はぽこぽこ生まれ輝き 本葉は着実に拡大する 斑点葉は気配を小さくしていた ここにある不安定性にはされど芯が通っており絶えず先端で環境に敏感な耳を立てつつ身を投げ出してゆく
【今日の一曲】濃厚な呪術性でもって大地を底より震わせ山の滝の轟音を突き抜けるという声は魂を揺さぶりかけてくる 時折この強烈な律動を取り込み血を濃く湧かせることを必要とする 云うまでもなく死と生の旋渦は一層激しく回転し混沌に帰する -金昭希「鳥打令」(年不明)

63日目 9:12 21.2℃ 曇り
しとしとの雨は早朝引いて微風に小刻みに揺れ マッサージされながら漂着する周囲の情報をキャッチする 繁殖力の強いものは香りも強く程よい緊張感を保ちつつ嫋やかたれ 繊毛の長さにも個体性はあり風の向く先を靡くように方位する
【今日の一曲】小雨降る日は窓を全開にして 緑の匂いと湿度に囲まれて過ごす 明かりはつけない 粒子を浴びる 数百年 数千年前に忽然と姿を消した人々は今も植物の細道を歩きつづけてる みんなで穴の向こう側へいってしまった 24hの巨大中央卸売市場の生花区域を彷徨っていた -Le Berger「fgaow-∏wrg」(2015)