遠い遠い異国の風の匂いを。
遠い遠い彼岸の彼方から肌に触れてくる風を。
遠い遠い太古の風の吹き溜まりを。
からだのなかに立ってゆく風の細道を。
したたり落ちてくる原色を。
遠くかき消されてしまった足音を。
だれかが忘れていった記憶を。
しづかに沈んでゆく遠い色彩を。
振動のなかを緩やかに減衰してゆく原子の太古の生物を。
パリのアパルトマンの一室に響くスペイン語を。
最初っから、最後まで、風を感じておりました。嗅覚で。
部屋に静かに置かれたものたちは、気付けばいのちを吹き込まれ。
コーヒーが薫ってきました。
あの物腰の柔らかさ……。
眼、鼻、口……、 …(耳?)…………肌―まとわりついた衣服。
記憶の亡霊………。
木造家屋の廊下の軋む音。
ひいおじいちゃんのハミング。
記憶の根の太さ、深さ、ふくよかさ、しなやかさ、しなびた………。
沈黙したカヌー。
揺れる 気配。
河が陸地で、陸地が河なんだ………。
からだにあいている穴。